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高校生物のための人類学知識の変更点

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!!!高等学校生物教育のための人類学知識の参考資料
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!はじめに
 日本人類学会では近年、研究者および教育関係者を中心とした『教育小委員会』を立ち上げ、『理科離れ』などの初等中等教育における問題を議論してきました。その中で、教育現場で自然人類学の知見を活用すれば、理科への興味を喚起できるという見解に至りました。すなわち、もっとも身近な生物である私たち自身『ヒト』を題材として生物を学習することが必要だと考えています。
 今回提示された新しい高等学校学習指導要領の「生物」では、生物の諸現象を理解するための説明原理となる進化について、従来よりも幅広く取り上げるように改正された点を高く評価しております。教科書では、「ヒトの生物学」としての視点から、ヒトの特異性と、他の生物との連続性が扱われることにより、生徒たちに生物界を明確に理解させることができると思われます。
 ヒトは直立二足歩行や大きな脳といった特徴をもちますが、他の生物と共通性をもつ生物の1種であると理解することは、ゲノム創薬などバイオテクノロジーが実社会で応用されつつある現在、国民が広く理解すべき科学リテラシーのひとつであるという考えは、世界での潮流です。例えば、米国科学振興協会(AAAS)がまとめた「[Science for All Americans(英)|http://www.project2061.org/publications/sfaa/online/sfaatoc.htm] [(日本語訳)|http://www.project2061.org/publications/sfaa/sfaajapanese.htm]」(1989)でも、全15章のうち第6章が「[Human Organism|http://www.project2061.org/publications/sfaa/online/chap6.htm]」として種としてのヒトに焦点が当てられています。我が国でも、多くの生徒が学習する「科学と人間生活」および「生物基礎」で、生物種としてのヒトの生物学をしっかり学習することで、自分自身のからだを理解することが望ましいと考えます。また、生態系に現在ヒトが与えている大きな影響を、人類の歴史の文脈で理解することで、環境問題への深い理解が得られます。
 身近な疾病についても、生物あるいは動物としてのヒトの特徴をあわせて学習することで、生物学が医療や創薬に直結する身近な学問だと理解できるでしょう。例えば、「体内環境の維持の仕組み」において、約1万年前の農耕・牧畜によってはじまった多量の脂肪やデンプンの摂取が糖尿病の背景と学習すれば、病気と生物学は深く関係あることが理解できます。すなわち、ヒトの進化を学習することによって、ヒトを生物の1種として考察する視点を獲得でき、科学的な思考力、判断力について興味をもちながらより有効に学習できると期待されます。
 進化の単元では、ヒトの進化を学習することで、我々自身が進化の産物であると理解され、実感しにくい進化という現象への興味を喚起できます。さらに、ヒトの表現型の多様性が環境によると学習すれば、肌の色などの見た目の違いが進化の産物で、見た目による人種差別には科学的根拠がないと理解できます。生物としてのヒトの理解は、優れた科学的倫理と国際感覚の礎となるのです。
 以下に、新しい高等学校指導要領の内容に係わる人類学的な知見をまとめました。これらは、現在の研究成果に合わせた内容の紹介となるように配慮してあります。新しい高等学校の教科書などでご活用いただければ幸いです。{{br}}
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!!「科学と人間生活」
!(1)科学技術の発展 (3)これからの科学と人間生活
 これらの単元では、今日の科学技術が先史時代からの技術の発展の文脈にあることを学習することにより、生徒の興味・関心を喚起することができるものと期待されます。
 さまざまな科学技術が人間生活に変化をもたらしたのは、決して近現代に限った出来事ではありません。人類進化の歴史のなかでも様々な科学技術の発展と生活の変化を観察することができます。その中でも重要なのは火の使用ですが、170万年前までさかのぼる可能性があります(ルーウィン)。私たちの祖先は、原人の時代に火の使用の効果として、‘食動物などの外敵を遠ざける、▲妊鵐廛鵑鯏化して消化を助ける、タンパク質を変性させて食感や味を良くする、といった機能を見出しました。氷河期にはっ箸鮗茲襦△箸いμ魍笋皺辰錣辰燭隼廚錣譴泙后その証拠として、氷河期のヨーロッパに適応した旧人、ネアンデルタール人の遺跡からは数多くの「炉跡」が見つかっています。
 さらに、1万8千年前ごろには粘土を加熱することによって起こる化学変化を利用して、土器という新しい容器が作られるようになります。これは、液体を加熱することを可能にしたので、ドングリなどの灰汁抜きや乳製品の加工などを可能にすることができました。それまでにも、様々な容器(例えば、植物繊維をつかったカゴ類や動物の皮革をつかった袋など)がつくられていたと考えられます。しかし、土器には,弔るのが難しい、⊇鼎燭てかさばる、2れやすい、という問題があります。にもかかわらず、土器が広く利用されるようになったのは、土器が持つ「加熱につよい」という性質が重要な役割を果たしたからに相違ありません。
 しかし、土器がどのように利用されたかについては、よくわかっていません。現在のところ世界最古の土器が、中国南部で見つかっており、同じくらい古い土器が青森県大平山本遺跡や極東ロシアの遺跡からも見つかっています。氷河期の最も寒い時期をすぎたばかりの東アジアで、人びとがどのような生業を送っていたかを調べることで、最初の土器の役割が明らかになるでしょう。これらは科学技術の発展のさきがけであったと言えます。
 そのほかにも技術の発達は人類の進化に大きな影響を与えてきました。例えば、人類は我々現代人と同じ種であるホモ・サピエンスが登場するまで、北極圏を含む高緯度地方には適応することができませんでした。北極圏の寒冷な気候を克服するために、人類は衣服や住居を発明し、身体の周辺(衣服では数cm、住居では数m)の環境を改変するための技術が必要だったのです。例えば、氷河期が最も厳しかった約2万年前に高緯度地方で生活したヒトは、マンモスの骨とおそらく皮を材料とした住居をつくっていたことが知られています(ウクライナ・メジリチ遺跡)。また、寒冷地での歩行は、履き物の工夫によって確保されました。この発明品は、近年行われたつま先部位の形態学的な研究から、ヨーロッパにくらしたヒト(クロマニオン人)が後期旧石器時代中期までに創り出したらしいということがわかってきました(Trinkaus, 2005)。クロマニオン人は科学技術を発達させることで、高緯度地方で生活できるようになったということができます。
 ヒトの歴史のなかで最も大きな科学技術による生活の変化は、1万年前頃に西アジアや東アジアの各地で植物や動物を栽培・飼育する技術の開発によってもたらされました。これは、狩猟採集生活の中でつちかった様々な観察と経験に基づいて、動物や植物の性質を利用した技術であるといえます。それまでの季節的に大きく変動する天然の食料資源を組み合わせた生活から、一度に大量の収穫を得て、それを保管しながら生活するというライフスタイルの大きな転換があったものと考えられます。{{br}}



!(2)人間生活の中の科学、ウ 生命の科学、(ア)生物と光
 ここでは生徒たちへの導入として、ヒトを含む霊長類が色覚を獲得した進化的背景(樹上生活)を話すことを提案したいと思います。ヒトは3色型色覚をもっていますが、霊長類以外の多くの哺乳類は2色型です(図1)。すなわち、ヒトを含む多くの霊長類が赤と緑を見分けることが出来るのに対して、他の哺乳類は赤と緑の区別がつかない、いわゆる色盲なのです。 生徒たちに「何故、ヒトは3色型なのにマウスは2色型なのか?」という問いを投げかけてみるとよいと思います。
 元来、哺乳類の祖先は夜行性であったと考えられています。マウスも夜行性哺乳類です。一方、ヒトは霊長類の一種であり、霊長類は樹上生活に高度に適応した生物です。樹上を飛び回る生活に立体視を含む高解像度視覚は極めて有効であったに違いありません。また、ヒトに近い真猿類の多くが昼行性です。夜行性の生物に色を細かく見分ける必要はありませんが、昼行性の生物にとって色を見分ける能力は適応的であった可能性があります。例えば、緑の背景の中から赤の果実や若芽を見つけることができれば、食料獲得に有利だったと考えられるのです。このように人間生活において、視覚と色のかかわりを進化的背景から考える視点は、科学と人間生活を直接的に結びつけるのに有効と思われます。
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図1. 夜行性と昼行性:哺乳類の祖先は夜行性であったが、ヒトを含む真猿類の多くは昼行性である。このような行動は色覚の進化と関連している。{{br}}

!(2)人間生活の中の科学、ウ 生命の科学、(イ)微生物とその利用
 人間と微生物のかかわりにおいては、ヒトが約1万年前に定住生活と農耕牧畜を主な生業とする生活を開始したことが非常に重要です。それまでの遊動的な生活では、ゴミや排泄物がたまってきて不衛生な状態になれば、居住地を変えればよかったのですが、一定の土地に投資をする定住的な農耕・牧畜生活では、居住地を簡単に変えることはできないため、衛生状態を良好に保つことが重要な課題になったと考えられます。さらに、家畜としたブタ、ヤギ、ヒツジ、ウシなどの動物と頻繁に接触することで、多くの病原菌と接する結果となりました。すなわち、人類進化における定住生活の開始は、感染症のリスクを大きく増大させたと考えられるのです。
 一方、微生物の有効利用についても、人類は予想以上に長い歴史を持っている可能性が示されています。例えば、動物乳の発酵食品であるチーズやヨーグルトは、もともと乳糖分解酵素をもたなかった人類にとって大発明だったに違いありません。これまでは、チーズ作りに特化した土器の出現などから、微生物の利用は4〜5千年前に始まったものと考えられてきました。現在、乳を利用されているウシやヒツジは8〜9千年前に家畜化されているので、家畜化と乳利用の間には数千年のギャップがあると考えられてきました(三宅, 1997)。しかし、土器に吸着された脂肪酸の炭素同位体比の研究から、乳利用が8〜9千年前の西アジアで開始された可能性が示されています(Evershed et al., 2008)。
 現在、ヨーロッパやアフリカに暮らす人びとには、乳糖を代謝することを可能とする突然変異がおこり、生乳を大量に摂取することができるようになったと考えられています。この突然変異をもたない人びと「(ヒトの自然型だが乳糖不耐症と呼ばれる)は生乳を摂取すると下痢に見舞われてしまいます(実験、体験学習の素材としてつかえるかもしれません)。ラクトースを取り除くために、乳酸菌によって乳を発酵させヨーグルトをつくり、さらにチーズと加工することは重要であり、また長期間にわたって保存することが可能になりました。このような発酵技術の歴史が野生動物家畜化のごく初期に存在した可能性がうかがわれるのです。
 それでは、乳糖を大量に摂取できるようになった人びとは、いつごろ、どこで登場したのでしょうか?この突然変異は、現代人における地理的な変異と、乳牛における乳生産に係る突然変異の地理的変異が重なることなどから、ヨーロッパ北部のヒトでおこった突然変異と考えられています(図2)。また、農耕牧畜を開始した直後の新石器時代人の骨から、核DNAを取り出して、PCR法によって増幅し、ラクターゼに関する突然変異を調べたところ、当時の人びとはまだ、ラクトースを分解できなかったことが示されています(Burger et al.2007)。この事例は生乳の利用という文化的な変化によって、ヒトの遺伝的な形質が変化した興味深い事例であるといえます。
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図2. 乳牛における乳生産に係わる遺伝子の独自性(b)と、現代人におけるラクトース不耐性の遺伝子頻度(c)(Beja-Pereira et al. 2003より)。
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!!「生物基礎」

!(1)生物と遺伝子、ア 生物の特徴、(ア)生物の共通性と多様性
 これらの話題を扱う場合、ヒトを中心に諸事情を説明することは、生徒たちが、遺伝子は遠い存在でなく身近な問題であることを認識させるのに極めて有効です。例えば「生物は多様でありながら共通性をもっていることを理解する」のに、ヒトとチンパンジーのゲノムについて話題にするのはどうでしょうか(図3)。2003年にヒト全ゲノム塩基配列決定は完了し、2005年にチンパンジーの全ゲノム配列も公表されています。これらゲノム配列を比較すると、両者で平均して1.2%程度の違いが検出されます。つまり、われわれはチンパンジーを動物園の檻に入れて外から眺めているが、残りのゲノム98.9%は共通なのです。チンパンジーとオランウータンとの間に2.6%程度の違いが検出されることと比較しつつ議論することにより、生物の多様性と共通性をより深く理解することにつなげることができます。
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図3. 大型類人猿の種間におけるDNA配列の相違:ヒトとチンパンジーではゲノムを構成する全塩基配列(約30億塩基対)のうち1.2%が異なっている。{{br}}

!(1)生物と遺伝子、ア 生物の特徴、(イ)細胞とエネルギー
ミトコンドリアは細胞にエネルギーを供給する細胞小器官ですが、核に格納されたゲノムとは別に独自のゲノム(ミトコンドリア・ゲノム)を持っており、その進化速度が核のそれより速い特徴を持っていることなどから、種間および種内の系統関係を調べる指標として頻繁に用いられています。ヒトについては、1987年に発表された「ミトコンドリア・イブ仮説」が有名です。世界130人前後のヒトのミトコンドリアゲノムを分析して、世界中に住んでいる現生人類(学名:ホモ・サピエンス)の共通祖先が10〜20万年前に存在したこと、現生人類のルートにはアフリカ人が来ることを示しました(図4)。
これらのデータは人類進化学で対立していた現生人類の起源に関する2つのモデル‖臣楼菴焚愁皀妊襪鉢▲▲侫螢単一起源モデルのうち後者を強く支持していました。前者では、ヒトの共通祖先は、アフリカでみつかった原人と、北京原人やジャワ原人などのユーラシアの原人との共通祖先にまでさかのぼると考えており、少なくとも50〜100万年にまでさかのぼると考えられてきたからです。ヒト全ゲノム配列が決定された現在、ヒトゲノムの多様性はアフリカ単一起源モデルに良く当てはまるパターンを示しています。
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図4. ミトコンドリア・イヴ仮説の証拠:世界中の人(約130人)のミトコンドリア・ゲノムを調べたら、20〜10万年前にアフリカ人の中から現生人類が出現したことが推定された。これは『現生人類のアフリカ単一起源説』の強力な証拠となった。{{br}}

!(1)生物と遺伝子、イ 遺伝子とその働き、(ア)遺伝情報とDNA
 「ゲノム」とはある生物がその生物たるに必要な遺伝情報の総体です。ゲノム研究が進むと生命現象の根本が明らかになると同時に、ヒトについては多くの遺伝病などの原因変異などが明らかになることが期待されます。しかし、高校生に遺伝病の話題からゲノムを理解させることは、倫理的観点から慎重を期す必要があります。これに対し、ヒトの進化や多様性を例にゲノムと遺伝子の関係を学習させることは非常に有効と思われます。病気以外のヒトの特徴に関係する遺伝子は、既に数多く分かってきています。例えば後で紹介するABO式血液型や、お酒に強い弱いを決めるアルデヒド脱水素酵素(ALDH2)遺伝子、耳垢の湿型・乾型を決めるABCC11遺伝子などは、DNA配列の一塩基の違いで決まる形質です。ゲノム科学に対する理解を深めることが、現代の生物学教育の中心となる流れから考えても、「ヒトを中心としたゲノムと遺伝子の理解」は考慮されてしかるべきでしょう。{{br}}

!(2)生物の体内環境の維持、ア 生物の体内環境、(ア)体内環境
 病気以外のヒトの特徴に関係する遺伝子として、ABO式血液型を決定する遺伝子を例に挙げることは、生徒たちの関心を引くと思われます。ABO式血液型とは、赤血球の表面に糖鎖(とうさ)を転移する酵素にA型、B型があることにより生じています。両方の酵素を持っている人はAB型、両方持っていない人はO型になります。A型糖転移酵素とB型糖転移酵素をコードする遺伝子間では1つの塩基の違いしか存在していません。O型は糖転移の活性を失った酵素を作る遺伝子です。こうした生物学的知識は日本人に広く受け入れられている「血液型と性格の関連」に関する迷信を打ち消すのに十分と思われます。生徒たちの関心のある「血液型と性格」の話題から入って、遺伝子とその産物であるタンパク質の関係、タンパク質の機能と遺伝的多型(A型、B型、O型など)の関係を説明するのに有効な題材といえます。また、「血液型と性格」という迷信に対して科学的事実を基礎として思考することによって否定していくプロセスを学ぶのにも適しているといえるでしょう。
 さらにヒト集団によってABO式血液型の頻度分布が異なることを紹介し、遺伝子の頻度分布の違いは、偶然によって大きく左右されることを理解させることができます。例えば、アメリカ先住民ではO型が非常に多いのですが、これはアメリカ先住民が2万年前後前、シベリアからベーリンジア(ベーリング海峡にかつて存在した陸橋)を渡ってアラスカを通り、南北アメリカ大陸へ移住した際に起こったビン首(ボトルネック)効果に起因します(図5)。すなわち、偶然に支配される遺伝的浮動の結果であり、これは木村資生博士が提唱した『分子進化の中立説』を説明するのに良好な題材となります。アメリカ先住民でO型が多いことが「チャールズ・ダーウインの言う自然選択によりO型がアメリカ大陸の環境に適していたから」ではなく、偶然によることを説明することにより、ヒト集団間で観察される他の表現型の違いの多くが偶然の遺伝的浮動によっていることを理解させる助けになると思われます。
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図5. アメリカ先住民のABO式血液型の分布:O型が多い(白い部分)が目立つ。これは、アメリカ先住民の祖先が、ベーリンジアを渡ってシベリアからアメリカ大陸へ入った時、強いビン首効果(少人数が先住民の祖先となった)を受け、“偶然により”O型の割合が多くなった結果が現在も続いていることを示している。{{br}}

!(3)生物の多様性と生態系、ア 植生の多様性と分布、(イ)気候とバイオーム
 日本列島のバイオームが我々日本人の祖先に与えた影響を紹介することで、我々自身を含むヒトも生態系の一部であることが実感されます。具体的には縄文時代に、東日本と西日本で人口分布が全く異なっていた事実が知られています(小山, 1984)これは、常緑広葉林帯と落葉広葉樹林帯という異なるバイオームに由来する陸上の食物と、内湾の魚類や遡河性の鮭鱒などの海産資源を組み合わせる食生態を縄文時代人がもっており、東日本と西日本の資源量の相違が遺跡数に反映しているものと考えられています。東日本の落葉広葉樹林ではクリやドングリなどの食用にできる堅果類が多く、またサケやマスなどの遡上性魚類を利用できたのに対し、西日本の常緑広葉樹(いわゆる照葉樹林)では食用となる資源が乏しかったようです。
 弥生時代になり、水田稲作農耕がはじまると、ヒトが人為的に環境を改変することが可能となり、バイオームの影響は比較的小さくなります。この頃から、西日本でも人口の増加がはじまるのです。現在でも、西日本と東日本では方言や食文化をはじめとして、いろいろな側面で違いがあります。これは、上述の縄文時代の文化と弥生時代の文化の影響の寄与が、今日でもまだ東西で異なることを意味しているのかもしれません。
 文化的な側面だけでなく、ヒトの遺伝的な側面でも東西差は存在しています。先ほどもふれたABO式血液型のA型遺伝子の地理的勾配は西高東低になっています(図6)。これは、環境の違いによって、血液型に有利不利があるのではないかと考えられたこともありますが、現代の日本人を形成する集団が、少なくとも2つあり、もともといた縄文系集団よりも、大陸から水田稲作農耕をもってきた渡来系集団で、A型遺伝子の頻度が高かったことが原因であると考えられています。弥生時代のはじまりから2,500年以上経過していますが、今でも2つの集団が完全に混ざりきっていないという事実は、私たちが非常に長い時間をかけて進行する「進化」という現象の一部であることを実感させるでしょう。
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図6. ABO式血液型のA型遺伝子頻度にみられる地理的勾配。弥生時代に大陸から渡来した集団では、A型遺伝子の頻度が在来の縄文系集団よりも高かったと考えられる。現在もまだ完全に混ざりきっていないことが勾配になって現れている。{{br}}

!(3)生物の多様性と生態系、イ 生態系とその保全、(イ)生態系のバランス
 人間の活動によって生態系が攪乱されたのは、必ずしも近代の産業活動だけでの現象ではないことを理解する必要があります。例えば、約1万年前に北米大陸に進出した人類がマンモス、サーベルタイガー(剣歯虎)、ウマ、ラクダ、リョコウバトなど多くの大型哺乳類の絶滅に関与した可能性が指摘されています。また、大航海時代にドードーなど数多くの動植物を絶滅に追いやっています。これは、ヒトがもともと適応した生態系をはみだして、様々な生態系に適応する技術を獲得したことが根本的な原因なのです。
複雑な生態系のメカニズムがとても脆弱であり、農耕牧畜や交易によって生態系の外部から物質やエネルギーを獲得することを可能にしたヒトの生活が、容易に生態系のバランスを崩してしまうことを理解することが必要です。
 例えば、イースター島などでは、過度の森林伐採の影響で1〜2万人いたとされる人口が17世紀の100年間に70%も激減したと言われています。10世紀ごろから作られている有名なモアイ像を運搬し建てるためには、大きなヤシが必要だったはずですが、ヨーロッパ人が記録を残した18世紀には3m以の樹木は完全に失われ、大型のカヌーを造る技術も失われていました。イースター島は周辺の島や大陸から孤立した島だったため、不足した資源を補うことが困難だったこと、大型の樹木がいずれも成長の遅いものだったことなどがその崩壊の背景にあるようです。ヤシは強い日差しや風から土壌も守っていたので、ヤシの伐採により大規模土壌浸食が起こり、海産物が少ない孤島であるイースター島では大規模な飢饉に見舞われました。その結果、高い頻度で人肉食が行われるようになり、部族間での争いがおこり、部族の守り神だったモアイ像はほとんどが破壊されてしまったと考えられています。
 ヨーロッパ人が持ち込んだ病気や、奴隷狩りに人口減少の原因を求める見解もありますが、孤島という隔絶した環境で生態系のバランスが崩れることの恐ろしさを教えてくれます。今日、現代人の様々な活動が地球規模での環境に影響を与えるようになっていることを考えると、地球全体がかつての孤島(イースター島)と同じような運命をたどらないとは限りません。このような歴史的事例から、なぜ私たちが環境や生態系を守らねばならないかを理解できると期待されます。{{br}}
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!!「生物」

!(1)生命現象と物質、ウ 遺伝情報の発現、(ア)遺伝情報とその発現
 ヒトに関する様々な現象(文化や言語を含む)は、かなりの部分、遺伝学的な説明が可能です。生徒たちにヒト集団の文化的特徴を挙げさせ、それらが生物学的にどこまで説明できるか、議論させるとよいと思います。これはまさに自然人類学が長い歴史の中で繰り返し行ってきた思考方法です。同一種内のゲノム多様性について、現在は、ヒトで最も研究が進んでいます(図7)。テーラーメイド医療を究極的な目的とした国際HapMapプロジェクトは、その代表です(図8)。ヒトのゲノム多様性を明らかにし薬の開発に役立てようというゲノム創薬の動きも活発になっています。こうした時代背景を理解した上で、ヒト集団の多様性を基礎科学の立場から理解する姿勢は、倫理的観点からも極めて重要です。
 一歩間違えばある種の優生学に陥る危険をはらむ現代のゲノム科学に対して、個々の市民が正確な知識を持つことが求められます。例えば「日本人の生物学的特徴」について生徒たちに考えさせるのも有効です。そして「日本人とはどの集団のことなのか」「いつから日本人は日本列島に存在してきたのか」「そもそも集団とは何か」という問いに発展させることが出来れば成功と思われます。生命科学をより包括的な基礎科学としてとらえる。その中心にヒトを据える。こうした考え方をわれわれは提案するものです。
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図7. ヒトの遺伝的変異:これはサイエンス誌が毎年発表している『Breakthrough of the year/年間ブレイクスルー』に『ヒトゲノム多様性』が選ばれたときの記事である。ヒトのゲノム多様性科学の世界ばかりでなく、社会・生活にも大きな影響を及ぼす可能性がある。{{br}}
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図8. ヒトゲノムのハプロタイプ:ヒトゲノムの多様性を進めた国際プロジェクト『HapMapプロジェクト』。90人のヨルバ人、90人のユタ州住民、45人の北京在住中国人、44人の東京在住日本人をアフリカ人、ヨーロッパ人、東アジア人の代表とし、遺伝的多型が調べられた。{{br}}

!(1)生命現象と物質、ウ 遺伝情報の発現、(ウ)バイオテクノロジー
 この単元で扱う内容も現在ヒトに関する研究が進んでおり、ヒトを中心に教科書の内容を組み立てるのが肝要と思われます。現代バイオテクノロジーの代表的技術であるPCR法は、多くの教科書で既に取り上げられています。PCR法は最近のインフルエンザの型判定で用いられており、また法医学の世界では犯人同定にも用いられていますが、これらはマスコミを通して一般にもよく知られています。人類学的話題としては、古い人骨などからDNAを抽出して分析する際にPCR法は無くてはならない技術です。新しいタイプのPCR法と塩基解読技術を組み合わせることで、3万年前頃には絶滅したと考えられるネアンデルタールの核ゲノムの解読などが近年実現しました。その結果、ネアンデルタールの皮膚色と頭髪に関する遺伝子(Mc1R)に関する遺伝子の変異から、赤色の頭髪で白い肌を持つ個体が存在し、ヒトに特異的に見られる言語能力に重要な遺伝子(FOXP2)を持っていた等、とても興味深い結果が得られています。

!(4)生態と環境、ア 個体群と生物群集、(ア)個体群
 人類もかつては、捕食者であり、かつ被食者であった歴史があります。例えば、最初に発見された猿人化石として有名なアウストラロピテクス・アフリカヌス「タウング・ベイビー」の頭蓋骨には、猛禽類の爪によってつけられたと考えられる傷が観察されます。また、約180万年前の南アフリカのスウォートクランス遺跡からみつかった猿人(パラントロプス・ロブストス)の頭蓋骨には、ヒョウの犬歯によってあけられた穴がはっきりと残っています(図9)。ヒトの祖先は、その700万年間の進化の半分以上の時間を、肉食動物に食われる側としてすごしてきたと考えられるのです。
 ところが、250万年頃から、それまでとは反対に動物を補食する肉食がはじまったようです。エチオピアで、アウストラロピテクス・ガルヒという種類の猿人化石とともに、石器によって傷をつけられた動物(レイヨウ)の骨がみつかっています。そして、180万年前ごろのホモ・エレクトス(原人)になると、栄養価の高い肉類を利用するようになり、長距離を効率よく歩くための下肢を発達させました(図10)。エネルギー効率の良い肉類を利用するようになったことが、とても燃費の悪い器官である大脳を発達させることができた背景にあったと考えられています。また充分量の肉類を確保するためには大きな縄張りが必要になり、人類がアフリカの外に拡散したのも、テリトリーの拡大と関係があるのかもしれません。
{{image fig12.jpg,小学校理科のための人類学知識}}
図9. パラントロプス・ロブストスの頭蓋骨とヒョウの上顎骨:右図は左図の頭蓋骨を根拠にして、捕食されたときの様子を示した推定図。右図の四角で囲まれた部分が左写真に相当する。ヒョウの2本の歯の間隔が化石頭蓋骨の穴に一致している(ハート・サスマン 2007より)。{{br}}
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図10. ケニアのナリオコトメで発見された原人の少年の骨格。骨盤や大腿骨の形が現代人に類似するようになり、長距離を効率的に歩けるようになったと考えられている。手足が長くすらっとした体型も、長距離歩行に有利である。{{br}}
このように、狩猟採集を中心とした生活は、農耕牧畜が発明される約1万年前まで続いており、この間ヒトは主に周辺の生態系から食物を得ており、生態系の一部として生活していたと言えます。それでは、どのようにして過去の人びとが生態系と係わってきたのかを調べれば良いのでしょうか?ここでは同位体という目印をつかった研究を紹介してみたいと思います。
生態系の研究では、生物同士や生物と環境の関係を理解するために、ある特定の物質に着目してその動きを調べることが重要です(図11)。しかし物質の循環を直接的にヒトの目で観察することは容易ではありません。そこで現代の生態学研究では、いろいろな化学的な指標に着目して、物質の循環を調べる方法がしばしば用いられます。例えば、「同位体」もその指標のひとつです(図12)。重さの違う炭素12と炭素13の割合を目印に、生態系における炭素の循環を追いかけることができます。
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図11. 炭素、窒素、カルシウムの循環(ムーア 1987より){{br}}
{{image image013.jpg}}
図12. 炭素の2つの同位体(炭素12と炭素13){{br}}
 この方法は、過去の人びとの食生活を調べる研究にも応用されています。骨に残に含まれている有機物の炭素で炭素13と炭素12の比率を調べることで、当時の人びとが利用していた食物の内容を調べることができるのです。なぜならば、私たちの体は、普段食べている食料を材料に作られているので、食料に含まれていた化学的な特徴が体のなかに取り込まれて反映することになります。普段、肉や野菜を食べていた人が野菜しか食べない食生活になると、例えば髪の毛の中に野菜の特徴(炭素13が少ない)が反映することになります(図13)。{{br}}
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図13. 食生活の変化によって人体の組成も変化する:これは現在英国人における頭髪の位置による変化の事例。すなわち、ある個体の過去数年の食生活を頭髪のタンパク質の化学的指標(炭素同位体比)は示している。点線の女性は、肉を含む食生活から、実線で示す男性と同じく厳格な菜食主義に食生活を変化したことが、同位体の違いに現れている(O'Connell & Hedges 1999, Fig. 13を改変)。{{br}}
 同じように、遺跡から出土する人骨の成分を調べることで、過去の人びとの食生活を知ることができます。例えば、日本列島に暮らしていた縄文時代の人びとの骨にふくまれるタンパク質で炭素12と炭素13の割合を比べると、北海道の人たちのタンパク質には炭素13がとても多く含まれることがわかりました(図14)。これは海産物には陸上の食物よりも多くの炭素13が含まれることが原因であると考えられます。本州と北海道では、縄文時代の人びとでは、食物を得た生態系が異なるといえます。狩猟や採集によって暮らしていた時代には、周辺の環境や生態系によって暮らしぶりが大きく異なっていたのです。今日の私たちの食生活は、暮らしている場所によってどのくらい異なるのでしょうか?(図15)。
{{image image015.jpg}}
図14. 縄文時代における北海道と東北の食生活の違い:土器の形で示される文化では、縄文時代の北海道と東北はとても似ている。しかし、骨のタンパク質に含まれる炭素と窒素の同位体比からは、両者の食生活が全く異なることが示された。北海道では大型の海生哺乳類が重要な食料資源だった。北海道と東北の間にある生態学的な境界(ブラキストン線)は生物としてのヒトにも影響しているようだ(米田 2007)。{{br}}

(4)生態と環境、イ 生態系、(イ)生態系と生物多様性
 生物の多様性を様々なレベルで理解するなかで、今日世界中にすんでいる現代人の表現型の多様性(ヒトの遺伝的多様性)の背景を学習することは、極めて意義があることです。現代人の遺伝的多様性を学習することで、人種差別には科学的根拠がないことや、自らの生物としての位置や進化的背景を理解することができます。それは、すでに遺伝的多型を視野に入れたテーラーメイド医療やゲノム創薬の基礎を理解することにつながります。また、生態系の中で暮らしてきた人類の祖先が、どのような歴史を経て、今日のように様々な環境・生態系に適応できるようになったのかを理解することは、ヒトの特殊性を理解すると同時に、ヒトが何故生態系を守らねばならないのかという問題に対する生物学的な答えを得ることになります。
 現代人の様々な遺伝的な情報を調べることで、集団間の遺伝的な違いは現生の類人猿などよりもずっと小さく、変化も連続的であることがわかってきました。一方、肌や頭髪の色などにみられる表現型の違いで、いわゆる「人種」という概念が提唱されてきました。これは、ヨーロッパの人びとがアフリカやアジアの人びとから富を収奪するさいに、自らがより「進化した人種」であるという理由で不公平を正当化しようとしてきた歴史があります。しかし、肌の色や頭髪、顔の特徴などの多くは、人びとが適応した自然環境で説明することができます。例えば、表皮の色は紫外線が強い低緯度地方では、皮膚癌を防ぐために黒色である必要があることが有利ですが、日射量の少ない高緯度地方では紫外線を透過する白い肌がビタミンDを充分に合成するために必要であったと考えられます。我々東アジアに住む人びとに見られる顔の特徴(蒙古襞、高く張り出しはほお骨、厚ぼったいまぶた、薄いひげ)は、寒冷地で凍傷を起こさないように適応したものと考えられます。
近年、乾型の耳垢の原因となる突然変異が日本人によって発見されました(Yoshiura et al. 2006)が、このような形質は凍傷をふせぐのに有効であったと思われます。同じ理由で、乾型は寒冷地に適応した東アジア人に多くみられます。これも。耳かきが有効なのは、東アジアだけなのです。耳垢の乾湿型はメンデル遺伝をするので、実習の素材としても有効であると考えられます。
 このようにヒトが様々な身体特徴を獲得した理由は、わたしたちが他の生物ではみられないほど、多様な環境に適応したためです。通常、生物はひとつの生態学的な位置(ニッチェ)に適応するので、多様な環境にひとつの種が適応することは容易ではありません。ヒトが発達させた文化は、その限界を押し広げることを可能にしたといえます。すなわち、食料については、火を使用して多様な植物を利用することを可能とし、また農耕や牧畜はヒトの手によって食用となる生物を増やすことを可能としました。また、衣服や住居によって温度の問題を解決しています。ヒトが自ら創り出した文化によって、生物学的には適応が難しい地域にまで進出した結果、種内で身体の多様な表現型や遺伝的変異を獲得するに至り、これらは相互に関連したものとなっています。これがヒトのもつ最大の特徴のひとつであるといえるでしょう。{{br}}

!(4)生態と環境、ウ 生態と環境に関する探究活動
 身近な生態系と私たちの生活の関わりを考えることで、どうして私たち人間が環境を守らねばならないのか、生態系を守ることがどうして大切なのかを考えてみましょう。
 生物種としての私たち、ヒトは動物の一種であるので、もともとは生態系の一員として存在していました(図14)。しかし、今日の私たち自身は生態系の一員であるといえるでしょうか?私たちが日頃食べている食物は、日本中のみならず海外からも広く集められてきたものです。
 生物と周辺環境の関係をみると、生産者が二酸化炭素から固定した有機物を利用して、生活のためのエネルギーや体の材料として暮らしていき、糞や死んだ後の死骸の一部は食物網にとりこまれて別の動物に利用されるが、最終的には分解者によって分解され周辺の環境へと戻っていくことがわかります。つまり、生態系はある程度閉じた空間の中での生物と環境との関係であるといえます。一方、遠く離れた場所で、つくられた農作物や、遠洋でとられた魚介類を利用している私たちは、生物学的な意味では身近な閉じた生態系(食物網)の一員とは必ずしもいえないのです( 図15)。
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図15. 駅弁にも地域の生態系が反映している!?{{br}}

 このように、生態系から積極的にはみ出したような存在になった生物は、ヒト以外には見あたりません。このような生活の仕方は、約1万年前に農耕を開始して、積極的に食料を生産し始めたことからより顕著になりました。それまでは、人類が誕生した600万年から700万年前ごろからずっと、狩猟と採集という形で周辺の環境から食料を獲得する、生態系の一部としての生活をおくっていました。しかし、農耕や牧畜によって、ヒトの役に立つ植物や動物を積極的に増やすことによって、ヒトは生態系の外から生産者に必要な物質を持ち込んだり、遠くまで家畜を移動させて餌を得ることを知り、食料を多く生産することができるようになりました。しかし、その歴史は600万年から700万年と考えられる人類の歴史でみると、極めて最近はじまった特殊な生活だということができます。
 ヒトの数が少なく小規模な農耕や牧畜によって生活を営んでいたころは、周辺の生態系に大きな影響を与えることは少なかったと思われます。しかし、農耕・牧畜で食料を生産することができるようになったことで、徐々に人口が増加しはじめました(図16)。そのため、ヒトの食料生産活動が生態系に与える影響が無視できなくなってきました。
 さらに、19世紀の工業活動以降、ヒトは石油や石炭といった化石燃料を大量に利用し始めました。化石燃料は、もともと1億年から6千万年前ごろの植物が、分解されずに有機物のまま大量に保存されたものです。一度は、地中に埋没することで生態系における物質循環から隔離された有機物は、燃料や工業製品として利用されることで、再び生態系における物質循環に取り込まれることになりました。近年では、それらが地球規模での環境に影響を与えることが危惧されています。
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図16. 日本の人口の変化(鬼頭 2000){{br}}

!(5)生物の進化と系統、ア 生物の進化の仕組み、(ア)生命の起源と生物の変遷
 生物としてのヒトを進化の文脈で理解するために、最近の人類学的な知見を「ヒトの特徴」と「ヒトの進化」の2つに整理しました。これらの内容を適宜紹介することによって、我々のいろいろな特徴も進化の結果によって獲得されたことを理解することができ、進化をより具体的かつ興味深く学習することができると期待されます。{{br}}

'''1.ヒトの特徴'''
 この項のねらいは、ヒトの特徴を他の動物と対照して考え、そうした特徴を生んだ進化的背景について理解しながら、私たち自身の身体も進化の産物であることを実感させることです。現行の教科書は、ヒトの解剖学的特徴あるいはその進化史を淡々と記載しているものが殆どです。以下では、ヒトの特徴が霊長類の特徴から進化していることを強調するため、ヒトに独特な特徴と霊長類一般の共通特徴とを整理しながら記述することを提案します。ここでは、取り上げるべきと思われる内容の例を項目別に列挙します(図17参照)。
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図17. ヒトの骨格に刻まれた様々な進化の歴史:歯列は霊長類的であり(後述)、短い尾や肘関節は類人猿の特徴です。二足歩行に適応した骨盤や膝、足などの構造は猿人から原人への進化の結果と考えられますが、脳頭蓋がとくに大きくなったのはヒト(と近縁のネアンデルタール人)の特徴なので「わずか」20〜10万年に現れました(ルーウィン 2002)。{{br}}
*大きな脳(体重に対する相対的な値を用いて比較する): これはヒトに独特な特徴として知られています。ただし哺乳類は爬虫類より脳が大きく、霊長類は哺乳類の中では、脳が比較的大きいという特徴があります。原人以降に発達したヒトの大きな脳は、この進化の延長上にあると言えます(図18)。
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図18. 人類進化と脳容量の変化(ルーウィン 2002)。{{br}}

*高度な社会性: 社会性が強いのは霊長類一般の特徴ですが、ヒトの社会はとりわけ複雑です。脳の発達がこれを可能にしていることは、言うまでもありません。
*直立二足歩行: 霊長類は時折二本足で立ち上がって歩きますが、直立姿勢で歩くのはヒトに独特な特徴です(図17)。鳥も2本足で立ちますが直立はしていません。ただし、いつなぜ人類が立ち上がったのかは、まだ化石の研究から解明されていません。
*3色型の色覚があって立体的にものを見ることのできる眼: 立体視できる眼は、左右の眼が前に並ぶ霊長類の古くからの特徴です。多くの哺乳類はかつて中生代に夜行性であったことの名残で、赤と緑の区別がつかない赤緑色盲(2色型色覚)です。しかし、ヒトやチンパンジー、マカクなどの霊長類では、赤と緑を区別する3色型色覚(青も入れて3色)を獲得しました。ただしこれが霊長類進化のどの時点で生じたのかは、よくわかっていません。
*5本の指のある手と足: 哺乳類の祖先から霊長類まで受け継がれている原始的特徴です。霊長類では、枝などものをつかむ行動を頻繁に行うため、5本の指が保存されたと考えられます。指紋や掌紋(手のひら・足の裏にある指紋と同様の紋様構造)も滑り止めとして働いています。ただし霊長類の手と足の構造は祖先と全く同じではなく、親指(母指)を他の4本の指と対向させることにより、ものの把握を容易にしています。これに対し、疾走型の哺乳類(ウマやウシの仲間など)などでは、指の数を減らして指先に蹄を進化させることにより、速く長距離を走ることができるようになりました。
*器用な手: 手の形はヒトとサルで似ています。しかし4本の足を移動に使う霊長類とは異なって、2足直立歩行するヒトの手は、ものの操作に特化しており、格段に器用(精密な操作が可能)です。そのため、ものをつまんだり捻ったりといった複雑な動作が可能です。一方で、霊長類の足には把握機能がありますが、ヒトの足ではこれが失われ、指も短くなって歩行に特化しています。
*様々な向きによく動く(自由度が高い)関節構造:ヒトの腕や脚は、肩・股関節で上下前後に動かせかつ回転することも可能です。このために野球(ものを投げる)やサッカー(脚で蹴る)などのスポーツもできます。個々の種によって動き方は違いますが、このように関節の可動性の高いことは、霊長類の中でも類人猿(チンパンジーやゴリラなど)の特徴で、このグループが枝をつかみながら木登りをする運動様式に起因しています。
*体毛の衰退: ヒトに独特な特徴です。ヒト以外の霊長類では、皮膚は濃い体毛で覆われています。人類進化の過程で体毛衰退がいつ起こったのかは不明ですが、汗をかくこととともに、熱帯環境において高い活動性を維持できるよう、体温を下げるための特徴として進化してきた可能性が高いと思われます。
*ヒトの歯: 哺乳類の歯は、食物の種類に応じて様々なかたちに進化しています。その中で、ヒトを含む霊長類の歯は、比較的原始的なかたちを維持しています。ただし歯の数は、霊長類で少し減っています。哺乳類の祖先では、3本の切歯、1本の犬歯、4本の小臼歯、3本の大臼歯(3・1・4・3)がありました。霊長類進化の過程で減少し、類人猿やオナガザル(ニホンザルやヒヒを含むグループ)の段階で現在のヒトのような、2・1・2・3の歯列になりました。ヒトでは第3大臼歯が欠如することがありますが、完全に失われているわけではありません。また犬歯は、ヒト以外の霊長類では鋭く大きいのが特徴ですが、人類進化の過程で縮小しました(図19)。
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図19. 霊長類の進化に伴う歯列の変化:原始哺乳類→新世界ザル→旧世界ザルおよびヒトの順に切歯は後方から、小臼歯は前方から失われた(馬場 2007)。{{br}}

*極端に広い分布範囲: 霊長類は元来、熱帯性の動物ですが、ヒトはこの点で逸脱した存在です。現代人は生物学的に1つの種(学名:ホモ・サピエンス)でありながら、熱帯から寒帯、湿潤地域から乾燥地帯、低地から高地まで、地上のありとあらゆる地域に分布しています(図20)。このようなヒトの高い適応性を可能にしたのは、(家を建てたり服を着て寒さに耐えるなど)文化であるといって過言ではありません。{{br}}

'''2.人類の進化'''
 この項のねらいは「ヒトの特徴」に引き続き、化石やDNAの研究から解明されている、人類進化史の基礎情報を紹介することです。人類進化史の中にも、他の生物と同様の、系統分岐・絶滅などがあり、気候変動の影響が働いたことを理解することが重要です。一方で、ホモ・サピエンス(現生人類)が世界中へ広がった背景には、生物界ではユニークな「文化」の存在があったことを学ぶことが重要です。
 化石やDNAの研究から、現在では、人類の誕生(基本的にチンパンジーとヒトが分岐した時点を指す)は700万年前ごろに遡ると考えられています。さらに180万年前より古い人類化石はアフリカでしか見つかっていないため、人類はアフリカで誕生し、長い間アフリカ大陸の中だけで進化してきたことがわかります。
 化石の研究から、初期の人類は、二本足で立ち上がっていましたが、姿かたちはチンパンジーと比較的よく似ていたことがわかっています。この初期の人類を猿人と呼んでいます。人類が誕生した背景についてはまだ不明な点が多いのですが、長距離を走るといったような二足直立歩行の機能性の進化には、アフリカにおける森林の減少と草原の拡大が関係していたと考えられています。
 人類の進化史は一本道ではなく、系統の枝分かれがあり、一部は絶滅したことも明らかにされています(図20)。例えば、300〜200万年前の間に、巨大な顎と歯を備えた頑丈型猿人と、脳の発達した原人が出現しました。260 万年前ころには氷期と間氷期が繰り返されるようになり、森林が減少しましたが、両者の出現は、この気候変動と関連があったらしいと考えられています。頑丈型猿人は150万年前ころに絶滅しましたが、原人はさらに進化して、現代人へとつながる系統を生みました。
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図20. 700万年前から現在までの人類の進化と分布の概念図。{{br}}

 180万年前ころに、原人の一部グループがアフリカを出たらしいことがわかってきています。ユーラシア各地(中〜低緯度地域)へ広がった人類は、各地で、ジャワ原人(インドネシア)、北京原人(中国)、ネアンデルタール人(ヨーロッパ)などへと分化していきました(図20)。その進化の詳細を知るため、様々な研究が続けられています。
 DNAや化石の証拠から、20万年前ごろのアフリカにおいて、ホモ・サピエンス(現生人類)が進化したことがわかってきています。その後、ホモ・サピエンスはユーラシアへ広がり、さらにオーストラリア、南北アメリカ大陸、太平洋の島々にも分布域を広げて、現在のようなヒトの分布域が出来上がりました。この過程で、かつて多様だった地球上の人類は、ホモ・サピエンス1種だけとなりました。ホモ・サピエンスの世界拡散の過程では、寒冷地で寒さを凌ぐ住居や海を渡るための舟の発明といった、文化の存在が重要な役割を果たしました。
 遺跡の発掘調査によって石器や住居跡などを調べる考古学も、過去の人類の活動と文化を知る上で重要です。考古学の調査により、人類が石器を作り始めたのは260万年前ごろであったこと、農耕が始まったのはわずか1万2000年前ごろであったことなどがわかっています。
 人類の祖先について知るために、ヒトに近縁な霊長類の生活や行動を調べることも重要です(霊長類学)。こうした研究から、初期の人類は基本的に植物を食べていたことや、チンパンジーのように複数のオスとメスがいる群れを作っていたことなどが、推定されています。

!!参考文献
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*長谷川 眞理子(2007)「ヒトはなぜ病気になるのか」ウェッジ選書.
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*海部陽介(2005)「人類がたどってきた道」NHKブックス.
*鬼頭宏(2000)「人口から読む日本の歴史」講談社学術文庫
*小山修三(1984)「縄文時代」中公新書.
*三宅裕(1997)西アジア先史時代における乳利用の開始について―考古学的にどのようなアプローチが可能か―. オリエント 39:83-101.
*ルーウィン(2002)「ここまでわかった人類の起源と進化」てらぺいあ.
*栃内 新 (2009)「進化から見た病気」講談社. 
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*Yoshiura K, Kinoshita A, Ishida T, Ninokata A, Ishikawa T, Kaname T, Bannai M, Tokunaga K, Sonoda S, Komaki R, Ihara M, Saenko VA, Alipov GK, Sekine I, Komatsu K, Takahashi H, Nakashima M, Sosonkina N, Mapendano CK, Ghadami M, Nomura M, Liang DS, Miwa N, Kim DK, Garidkhuu A, Natsume N, Ohta T, Tomita H, Kaneko A, Kikuchi M, Russomando G, Hirayama K, Ishibashi M, Takahashi A, Saitou N, Murray JC, Saito S, Nakamura Y, and Niikawa N (2006) A SNP in the ABCC11 gene is the determinant of human earwax type. Nature Genetics 38:324-330.
*米田穣 (2007). 北海道に暮らした人びとの食生活−北海道の続縄文文化と本州の弥生文化−. 遺伝 61(2), 27-32.
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