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科博標本セット解説


科博標本セット解説

海部陽介・坂上和弘・馬場悠男著

国立科学博物館で貸し出している学習用標本セットをつかった実習を、2009年10月17日に実施しました。その際に配布した資料です。
*著作権は執筆者に帰属します。教育目的での、個人的使用にのみご利用下さい。


 骨格(現生脊椎動物)

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Q1 いろいろな陸生脊椎動物の肩・腕・手の骨の構造を比較し、相違点と共通点を探してみよう。

共通点

肩帯の骨(肩甲骨など前肢と体幹を連結する部分)、上腕の骨(上腕骨)、前腕の骨(橈骨と尺骨)、手根骨、中手骨、指骨という基本構造は、互いによく似ている。このような身体の基本構造の類似性は、異なる脊椎動物が共通祖先から進化したことをうかがわせる証拠の1つである。

相違点

  • 個々の骨の形や大きさは、それぞれの適応戦略に合わせて異なっている。中には消失した骨もある。
  • 陸生脊椎動物では指の数は5本が基礎だが、これより減っている場合も多い。
  • 両生類・爬虫類: 四肢は体から横方向に出ており(側方型)、体を楽に持ち上げることはできない。(歩くというよりはうような運動をする。主に後肢の推進力で前進するが、後に下がる運動ができない。)
  • 鳥類: 重さを減らすため、骨は中空で軽い構造になっている。手根骨や指骨は減っている。
  • 哺乳類: 四肢が体の下方に位置し、体を完全に持ち上げて歩行することができる。
  • モグラ: 指は5本で鉤爪をもつ。
  • コウモリ: 5本の指の一部が長く伸び、その間に飛膜がある。肩帯の骨(肩甲骨と鎖骨)は、腰帯に比べてよく発達している。
  • ネコ: 鎖骨はほとんどの場合消失している(ネコにはあるがイヌにはない)。手のひら全体でなく指先を地面につける。
  • イルカ: 前肢は胸鰭に変化している。骨の基本構成は他の哺乳類と共通しているが、上腕骨と橈骨・尺骨が短くなり、指骨の数が増えている。

ヒトの特徴 = 霊長類一般に共通する特徴

  • 鎖骨が発達している。
  • 肩関節の可動性が高い。
  • 肘関節は、屈曲・伸展と回内・回外の両方が可能な特別な構造になっている。
  • 手は母指対向性を示す (親指が他の4本の指と向き合う構造になっていてものを掴むことができる)
  • 指の先は鉤爪でなく平爪。

参考書籍

神谷敏郎(1995) 骨の動物誌. 東京大学出版会.

 頭骨(現生脊椎動物) 

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 頭骨(現生哺乳類)

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Q1 グループごとの特徴を整理しよう

脊椎動物全体にみられる特徴

  • 脳を覆う骨、眼窩、口、鼻、耳孔の数や基本的な位置は、共通している。
  • 歯はあるものとないものがある。
  • 爬虫類: 歯のかたちが同じ(同形歯性)
  • 鳥類: 脳を入れる部分が丸くふくらむ。歯はないが嘴がある。

哺乳類に特有な特徴

  • 異形歯性 (⇔ 同形歯性)。これは哺乳類が、食物を歯を使って咀嚼することと関係している。ただし哺乳類の中でも、水生適応した鯨類と海獣類は、魚と同様に同形歯性を示す。
  • 咀嚼機能の強化。
  • 脳を入れる部分(脳頭蓋)が大きい。
  • 二次口蓋が形成され、鼻腔と口腔が骨で分割されている(食べ物を噛みながら呼吸ができる)。
  • 頭骨を構成する骨の数は、爬虫類などより少ない。

ヒトとサル(霊長類)が共有する特徴

  • 脳頭蓋が大きい。
  • 左右の眼窩が前方を向く。
  • 眼窩が大きく、側頭窩との間に骨の仕切りがあり、眼球を保護している (真猿類の特徴)。
  • 吻が短い (嗅覚より視覚を発達させていることと関連する)
  • 歯の数 (狭鼻猿類ではヒトと同じ 切歯2犬歯1小臼歯2大臼歯3)。ただし原猿や広鼻猿類では小臼歯が3本。ヒトでは第3大臼歯 (親知らずまたは智歯)が失われる傾向にある。

ヒトに特有な特徴

  • 大きく高く丸い脳頭蓋 (額が立ち、頭頂部が側方へ拡大している)
  • 小さく前方への突出が弱い顔面 (額の下方にしまい込まれている感じ)。
  • オトガイの存在。
  • 小さな犬歯 (形態も大きさも切歯に近づいている)。
  • 大後頭孔(底面中央にある脊髄の出口)の位置が下方で、その後方にある頸の筋の付着部が下面に近い (二足直立する姿勢と関連)。

※一部の重要な特徴は、哺乳類の、あるいは哺乳類の中での霊長類の特徴の延長線上にある。

Q2 ヒトの頭骨を観察してその形態と機能について考えてみよう (自分の頭を触って考えると良い)

  • 眼球が納まる眼窩(がんか)の奥には、視神経などが大脳と連絡するための孔がある。内側上方の隅には、眼筋が付着する窪みがある。内側下方には、鼻腔と連絡する鼻涙管がある(泣くと鼻水がでるのはこの通路があるから)。
  • 自分の鼻に触れ、軟骨で形成されている部分と骨の部分を区別しよう。次に頭骨の鼻腔の内面を覗いてみよう。複雑に入り組んだ骨の壁があるが、これは呼気に湿気を補ったり匂いをかいだりするのに都合がよいよう、鼻粘膜の面積を増すための構造である。
  • 耳介も軟骨が基盤となっているため、骨には痕跡がない。
  • 頭骨の底面には多数の孔がある。これらは、脳神経や脳に出入りする血管の通路となっている。
  • 下顎骨を関節させ、顎がどのように動くか確かめてみよう。咀嚼に関連する主要な筋肉の付着位置と走行について、解剖図譜を参照し、自分の筋にも触ってみながら理解しよう。
  • 顔を見れば男女の区別がつくように、頭骨の形態にもある程度男女の違いがある。一般に男性では、全体のサイズが大きいだけでなく、眉間が隆起し、額がやや後方へ傾斜し、顎関節の後方にある骨の突起(乳様突起)が大きい傾向がある。

参考書籍

神谷敏郎(1995) 骨の動物誌. 東京大学出版会.


 頭骨(人類史)

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これらは300万〜数万年前の人類の化石頭骨である。
※人類が誕生したのは700万年前ごろと考えられている。

1.アフリカヌス猿人 (きゃしゃ型[非頑丈型]猿人の1種)
  • 化石の標本番号と出土地: Sts 5、南アフリカ共和国
  • 学名: アウストラロピテクス・アファレンシス
  • 種としての生存期間と分布地域: 約280万〜230万年前、南アフリカ
2.ボイセイ猿人 (頑丈型猿人の1種)
  • 化石の標本番号と出土地: OH 5、タンザニア
  • 学名: パラントロプス[アウストラロピテクス]・ボイセイ
  • 種としての生存期間と分布地域: 約230万〜140万年前、東アフリカ
3.最初期の原人
  • 化石の標本番号と出土地: KNM-ER 1470、ケニア
  • 学名: ホモ・ハビリス (またはホモ・ルドルフェンシス)
  • 種としての生存期間と分布地域: 約240万〜180万年前?、東・南アフリカ
4.アフリカの原人
  • 化石の標本番号と出土地: KNM-ER 3733、ケニア
  • 学名: ホモ・エルガスター (またはホモ・エレクトス)
  • 種としての生存期間と分布地域: 約180万〜100万年前?、アフリカ
5.北京原人(ホモ・エレクトスの中国北部にいた地域集団)
  • 化石の標本番号と出土地: Skull 12と他の部分骨、中国
  • 学名と化石の年代: ホモ・エレクトス  約77万年前
  • 種としての生存期間と分布地域: 約180万〜5万年前?、ユーラシア中・低緯度地域
6.アフリカの旧人
  • 化石の標本番号と出土地: Kabwe 1  ザンビア
  • 学名と化石の年代: ホモ・ローデシエンシス (またはホモ・ハイデルベルゲンシス)  50万年前?
  • 種としての生存期間と分布地域: 約60万??〜20万年前??、アフリカ(とユーラシア?)
7.ヨーロッパ地域の旧人 (ネアンデルタール人)
  • 化石の標本番号と出土地: Amud 1  イスラエル
  • 学名: ホモ・ネアンデルターレンシス
  • 種としての生存期間と分布地域: 約30(50?)万年前〜3万年前、(ヨーロッパ〜西・中央アジア)
8.クロマニョン人 (ヨーロッパ地域における旧石器時代の新人)
  • 化石の標本番号と出土地: Cro-Magnon 1  フランス
  • 学名: ホモ・サピエンス
  • 種としての生存期間と分布地域: 約20万年前〜現在、全世界


Q1 年代が古いと思う順に並べてみよう。

  • 系統樹を参照のこと。
  • 頑丈型猿人と初期の原人、そして原人と旧人と新人は、生存年代に重なりがあった。これまでの研究から、人類の系統は一本道ではなく、いくつもの枝分かれがあったことが明らかにされている。特に300万年前以降には、多様化が進んだ。しかしアフリカの旧人からホモ・サピエンスが進化すると、このグループが世界中へ大拡散を遂げて、人類の多様性は失われた。

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図 化石証拠から推定される人類の系統樹 (海部 2005)



Q2 それぞれについて形態特徴を整理してみよう

  • 頑丈型猿人の形態は特異だが、犬歯が小型化しており、二足直立歩行していた証拠があることから(主に身体の骨からわかるが、頭骨でも脊髄の通る大後頭孔が前方に位置することがその1つの証拠)、明らかに人類の仲間である。このグループでは、力強く食物を噛めるよう、臼歯と顎骨、そして咀嚼筋が巨大化した。顔面が平坦な特徴は、これらの変化と関係がある。一方で、脳容量はあまり大きくならなかった。
  • 原人(初期のホモ属の人類を指す日本語)では、顔面や顎・歯の縮小化が起こるのと同時に脳が大型化するようになった。その様子が、ホモ・ハビリスやホモ・エレクトスの頭骨からわかる。一方で、眼窩の上のひさし状の構造(眼窩上隆起)などの特異な形態も発達した。
  • 旧人では、さらに脳サイズの増大が進んだが、眼窩上隆起などの形態特徴には、原始的な部分が残っている。
  • 新人(ホモ・サピエンス)の基本的な定義は、現代の私たちと形態特徴が一致することである。クロマニョン1号の男性頭骨には一部病変が見られるが、その全般的形態は明らかに現代人的である。クロマニョン人とは、アフリカから世界へ拡散していった旧石器時代のホモ・サピエンス集団の中で、ヨーロッパへ広がったグループの総称である。

参考書籍

海部陽介(2005) 人類がたどってきた道 NHKブックス1028

 頭骨(縄文時代人・弥生時代人)

Q1 縄文時代、弥生時代とは、それぞれどのような時代だったか

縄文時代  約1万5000年〜2500年前 
日本列島各地において、石器を主な道具とし、縄文式土器を作り、集落を形成して定住しながら、野生動植物の狩猟・採集を主な生業としていた時代。本格的な農耕は行っていなかった。

弥生時代  約2500年〜1750年前
日本列島において、稲作を生活の中心とし、国家誕生の前段階となった時代。弥生式土器が製作され、石器のほかに鉄器や青銅器も使われた。ただし同じ時期でも、北海道や沖縄地域では、縄文時代の継続的な色彩の強い文化が存在していた。

Q2 縄文時代人・弥生時代人・現代人の頭骨を比べてみよう。互いに似ているのはどれとどれだろうか。

古人骨(遺跡出土人骨)に基づく日本人の起源の研究は、大森貝塚を発掘したE.モース以来、100年以上の歴史がある。これまでの研究から、例えば以下のことがわかってきている。

  • 一般的に縄文時代人の顔面は低く四角く、眉間や鼻根領域の凸凹が強い(堀りが深い)のに対し、弥生時代以降には、顔が高く、凹凸の弱い平坦な顔つきの人骨が増えてくる。後者は、主に稲作や金属器を伴う弥生文化の中心地(例えば北部九州の平野部)から発見され、かつ同時代の中国や朝鮮半島の人骨と似ている。そのため、大陸から新しい文化を携えた大規模な集団の渡来があり、この新しい文化が日本列島で在来の縄文文化と混じりながら、弥生文化が形成されていった可能性が高い。

  • 現代の日本人は、渡来系弥生人とも似た形態特徴を示す。そのため、弥生時代以降に在来系と渡来系の2つの集団が混血し、その中で歴史時代の日本人が形成されていったと考えられる。

  • つまり、弥生時代人と一言で言っても、由来の異なるグループがあった可能性が高い。日本の人類学では、大陸由来と考えられる集団を「渡来系弥生人」、縄文人の系譜を受け継ぐ人々を「在来系弥生人」と呼んで区別している。


参考書籍

中橋孝博(2005) 日本人の起源. 講談社.


 脳容積測定セット

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脳が大きいことは、ヒトの最大の特徴の1つである。

Q1 ヒトの脳のサイズがどれほどなのか自分で計測して調べてみよう

  • 脳は身体を制御する神経細胞の塊であるから、身体が大きければそれに応じて脳サイズも大きくなる。身体サイズが中程度のヒトの脳は、例えばクジラやゾウに比べれば小さい。しかし体重との相対的な値に変換すると、ヒトの脳サイズは飛びぬけて大きいことがわかる(図1,2)。
  • 脳サイズを様々な動物で比較すると、一般に哺乳類では爬虫類や両生類よりやや大きい傾向があり、哺乳類の中でも霊長類は相対的脳サイズが大きい。従って、ヒトの大きな脳は、哺乳類・霊長類の進化の延長線上にあるのだと言える。
  • 人類進化の過程では、脳は緩やかに増大し続けていったのではなく、ある時点から急速に大型化を示すようになった。それは240万年前以降で、脳の大型化を示し始めた人類を、それ以前の猿人と区別してホモ属の人類と呼んでいる(図3)。
  • ヒトとチンパンジーの脳サイズの違いに生物学的な意味があることは明らかである。しかし現代人集団の中で、脳サイズの個人差は、知性と対応はしていない。脳の機能と形態の対応関係には、まだまだ多くの謎がある。

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図3 人類化石いみられる脳容量の増大

Q2 この手法の利点と問題点について考えてみよう。

ここで紹介するのは、頭骨を用いた古典的手法で、実際には頭蓋骨内腔の容積を計測している。脳と頭骨内面の間には、脳脊髄液や硬膜などが存在しているので、得られる値は厳密には脳のサイズよりやや大きくなる。それでもこの手法は、脳サイズを近似的にかつ簡便に知るために有効である。実際の脳サイズは、解剖した際、あるいはCTを用いて測ることができるが、絶滅した化石種の場合には、頭蓋内腔の容積が唯一の手がかりとなる。実際の計測の際の課題としては、孔をどう塞ぐかという問題も出てくる。


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図1 脊椎動物の各グループにおける体重と脳重の関係 (Jerison, 1973)
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図2 様々な有胎盤類(△)と霊長類(▲)の種の体重と脳重の関係。矢印はヒト。(Martin, 1981)